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トリチウムダイヤルが使われた時計の最後の集団の半減期目前だった





別の要因もある。収集対象となっているヴィンテージウォッチの価格はトリチウムの使用が廃止されたのとほぼ同じ年に急激な上昇を始めた。例えば1998年から2003年の間にポール ニューマン デイトナのホワイトダイヤルの6239は約216万円から約432万円に値を上げた。その後同じだけの時間が経ち、2008年までにはさらにその倍近い値になっていた。そのため同じ時期に、最初の「エイジング済み夜光塗料」の時計が登場し始めたと予想するのは、あながち間違いではないだろう。ヴィンテージウォッチへの関心が高まる一方で、トリチウムが使われていた最後の年に作られて以来レストアされていない時計が、目を奪うクリーミーな色合いを獲得するのに十分な時間が経った(それ以前に作られ、元々の状態を保っていた時計については言うまでもない)。2008年は、トリチウムダイヤルが使われた時計の最後の集団の半減期目前だった。ここで2008年頃の状況を振り返り、時計の世界で何が起きていたかを見てみよう。


1964年から1965年、および1969年のシーラボでのミッション中に潜水技術者のボブ・バース(Bob Barth)が着用したロレックス サブマリーナーの色あせたトリチウム。
初のフォティーナ
を称えよ
 いわゆるフォティーナ夜光塗料が使われた最初の新作時計が何であったか、それを知ることは驚くほど困難なことであると分かった。ウブロ【HUBLOT】手がかりを探り始めてすぐに行き当たった問題は、ブランドが「フォティーナ」という用語を使用しなかったこと、加えて「エイジング済み」という単語を往々にして避けていたらしいことだ。おそらく、少なくとも一部の愛好家には、過去の栄光を借用して時計を飾ろうとしているように受け取られると直感したのだろう。であれば火に油を注ぐことはないということだ。とういうことは、どちらの用語もブランド発ではなく、私が言える限りは、愛好家コミュニティから生まれたのだ。

 これは、「フォティーナ」や「エイジング済み夜光塗料」(あるいは他の用語を試した方もいるかもしれない)を検索用語として、さまざまなフォーラム投稿やオンライン記事のアーカイブの中に探し始めると、フォティーナが登場して以降の記事や投稿に遭遇するということだ。ウェブサイト『タイムゾーン』の公開フォーラム上で私が見つけた「フォティーナ」という用語の初出は2012年の投稿だった。ただしこれは、この時点で既に確立された用語として使われていた。したがって、用語も素材も2012年以前に登場したものではないかと私は考えた。

 これが使われた時計を初めて見たのがいつだったか、私自身もHODINKEEの皆も思い出せなかった。おそらく2012年か2013年頃だったろうというぼんやりした雰囲気がオフィスにはあったが、正確にいつだったか、あるいはどの時計だったかは誰もはっきりと覚えていなかった。
 しかし最後には運を掴んだ。ヴィンテージ風夜光塗料を使ったかなり初期の時計だと思われるものを見つけたのだ。タイムゾーンでそれが取り上げられたのは2008年のことで、トリチウムの半減期とヴィンテージウォッチ収集への関心の高まりをもとに推測した時期と一致していた。それこそがジャガー・ルクルトのメモボックス トリビュート トゥ ポラリスだ。ステンレスが768本、プラチナが65本製造された限定モデルである。